暫くすると食堂内が騒然とし始めた。
「そう言えば昨日の夜、ビート達の部屋の方から夜遅くまで話声が聞こえてきました!」
こういう時に決まって始まる、我が身恋しさから来る謂れの無い責任の擦り付け。
班別から同じ班の中の蹴落とし合いまで、自分の身さえ守れれば犠牲は何処でも生まれる。
独裁された様に逼迫した施設の中で信じられるのは自分自身だけだからだ。
この日は、ヴェネ達の班がその標的になったようだ。
それを真っ先に口にしたのはヴェネ達の隣部屋の奴だった。
モリーだ。
モリーは根性がひん曲がった様なところがある。
報復的で、特に根に持った事は決して忘れない。
一週間くらい前、午後からの業務中にモリーがパミラーノに服を一着貸してくれと頼んでいた。
しかし人一倍寒がりのパミラーノのことだ、そんな頼みを聞き入れることも出来ず断っていた。
つまりモリーはそれを覚えていて、そのお返しと言う形でビート達の班に責任を押し付ける魂胆なのだ。
逆恨みにも程がある。
「俺達は外になんて出てねえ。」
当然の如くビートが頑固たる眼差しでモリーの言葉を退けに掛かった。
「何わけわかんないこと言ってんだモリー!」
「そうだ、そうだ!」
パミラーノとセッチが後に続く。
そんな状況下ヴェネは押し黙りながら、モリーの言葉に便乗しながら責任をヴェネ達に擦り付けようとする他の子供達を見ていた。
「そういえば聞いたぞ!ビート達の部屋から話し声がしていた!」
「間違いないよ!外に出たのはビート達の班の誰かだ!」
こうなってはもう真犯人が出ることは絶対に無い。
きっとうまく逃れられたことから今、この食堂内にいる真犯人はほくそ笑んでいるに違いない。
「てめーら、ふざけんなよ!」
ビートが怒ったその瞬間、ざわめく食堂内を「黒熊」の一喝が制した。
「クソガキ共が!うるさいぞ!黙れ!!」
竦み上がる子供達の視線を一斉に集めた「黒熊」がヴェネ達の班を一点に睨み付け手招きをしている。
「来なさい。」
モリーが口の端を斜めに、してやったりと言った表情を浮かべた。
ヴェネ達は立ち上がり官員テーブルの前に出て行った。
横並びになって俯くパミラーノとセッチの隣で、ビートが「黒熊」を真っ直ぐに見つめていた。
そんなビートを横目にヴェネは恐怖に心を縮ませ、「黒熊」の尖鋭な視線を見ることが出来ずにいた。
「それで、誰なのかしら?」
訝しげな表情を見せることも無く「黒熊」が妙な笑顔でヴェネ達に迫った。
弁明の余地は無い。
「黒熊」がこの笑顔を見せている時に言い訳をすると悲惨な目に遭うことは間違い無いからだ。
「部屋を出たのが誰なのか。」「黒熊」のこの問いに関係の無い言葉を発した瞬間に、ジャラジャラとぶら下げた沢山の鍵に豁然と擦れ合う、恐ろしく硬い警棒が顔面に飛んで来るであろう。
ヴェネは何も喋れなかった。
口の中が乾いて来たのか、舌を動かそうとするとねちゃねちゃと回りを張り付き、喉の奥が腫れているかの様に痛くなって来た。
「黒熊」の浮かべる嵐の前の静けさの様なその笑顔に、既に心が怖じ気付いていた。
パミラーノ、セッチ、ヴェネが恐怖に戦慄き立ち尽くす中、そんな三人のリーダーであるビートが言った。
ヴェネは自分の耳を疑った。
パミラーノとセッチも目をぱちくりさせながら眉間を寄せた。
「俺です。俺が出ました。」
ビートが勇ましくも真っ直ぐ「黒熊」を見つめたままそう言っていたのだ。
次の瞬間、力一杯の平手打ちがビートの顔面を捕らえ、耳を劈く様な怒号が響いた。
「おめーか!このゴキブリ野郎!!」
勢い良く倒れ込んだビートを見下ろす「黒熊」を見ると、つい数秒前まで笑顔だった表情が一瞬にして憎悪に満ち溢れた鬼の様な顔に変わっていた。
そんな中で、自分の心が静かにくしゃくしゃと拉げて行くのがヴェネには分かった。
情けなさと、惨めな気持ちで胸が一杯になった。
このままだったら4人全員が何かしらのきつい罰を与えられていたに違いない。
ビートはそれを察すると逸早く覚悟を決め、やってもいない責任を背負い込んだのだ。
腹這いの体を蹴り上げられるビートを尻目に、それでもただ立ち尽くすことしか出来ない自分をヴェネは心底蔑んだ。
静まり返る食堂内はビートが殴り付けられる音と「黒熊」の怒鳴る罵声だけが響いていた。
じゃ、次回で。
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