それは物心ついた頃から度々見る夢だった。
紗が掛かった様に白くぼやける晴れ上がった空が広がって、広大な丘の一本杉の下、赤い靴を履い
た若い女の人と軍服姿で向かい合う青年が約束を交わす。
青年がヴェネ自身なのかも分かりはしないが、女の人の言葉に頷くと彼女は穏やかな笑顔を見せ、
その後ほろりと脆く泣き出すのだ。
彼女の姿を見て立ち尽くすことしか出来ないのは、頷いた約束を果たせぬ現実からなのか、彼女の
青年に対する未練を深めぬ為の取り留めた愛情の現われなのか、そしてこの夢が一体、何時何処で
の出来事なのか、現実にあったことなのかヴェネ自身の空想でしかないのか、その夢を見続けてき
た今も分かり得ぬことだった。
只、女と青年が互いを深く思慕し合う関係柄であると言うことだけはヴェネにも理解できていた。
夢の中で青年は明くる日、自らの命を投じるべく異国へと発たなくてはならない。
そんな現実を目の前に置かれ女が唯一藁にも縋る様な思いで見出すことが出来た希望が、約束だけ
だったのだ。
その日その場所で交わされた約束が叶うことは果たしてあったのか。
ヴェネはずっと気になっていた。
軍服姿の青年が頷いた赤い靴を履いた若い女の人との約束。
「私は白い花となります。そうしたら、いつかまた巡り合って下さい。私は貴方の愛によって育っ
ていくでしょう。その時はあなたがお考えになった素敵な名前をその花に付けてあげて下さい。生
涯、貴方を慕い側に居続けますから。」
終戦後、青年の戦死通知を頑なに信じぬまま、約束の日から20年もの月日が流れた春日和の朗らか
な日、病の床に臥せていた彼女は青年を恋し続けた生涯を閉じた。
目が覚めると、カビだらけの色褪せた天井が夢と現実との狭間を遮断した。
窓から感じられる朝靄にまだ夜明けが間もない時間であることを汲み取った。
ビートのベッドは何時間も冷たいままで寂しそうに見える。
そう、ビートはまだ部屋には戻っていない。
今現在も無実の罪で「罰」を受けているのであろう。
友達を守ろうとしてやってもいない罪を一人で背負い込んだビート。
ヴェネは再び情けなくなって毛布の下で小さく小さく丸まった。
肩が震えた。
ビートが今どんな気持ちでいるか、どんな目に遭わされているか。
ガルディーでの「罰」は、時の経過に連れ激化を増すばかりであった。
つい最近、「具合が悪い」と午後からの業務に遅れた奴がいた。
ヴェネ達よりも幾つか年下のドリーと言う背が小さくて、官員を目の前にすると人一倍怯える気弱な奴だ。
その日の業務後、ドリーは官員室に呼び出され、そのまま三日間帰って来なかった。
昼食の時間、『黒熊』の罰に関する長い説教話の隣に顔が痣で膨らんでいるドリーの姿があった。
見ると、手首と足首がずっと何かで強く縛られていたように赤黒くなっていて、もともと小柄なドリーが更に一回り小さくなったのではないかと思わせるくらい痩せていた。
そんなことを思い出しながら、ビートを想うと、いつのまにかヴェネは目が冴えていた。
かなり久しぶりなのですが、疲れたんでこのへんで。
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